コラム
イノベーションの舞台裏

誰もが自由にWell-being
~ 団地の階段問題を解決するACE Stairの挑戦 ~

movBot®とWell-being

━ ACE Stair の開発の背景について教えてください
中村賢一

中村賢一会長

中村賢一 (以下、中村) : ACE Stair の前に、まずは、movBot(ムーボット) という製品についてお話しする必要があります。
これは私の先輩の奥さんが車いす生活を始めたことがきっかけです。先輩は私より1つ年上なのですが、彼は小さな体で奥さんを抱きかかえて居間と寝室の間の段差を越えて移動していました。それを見て思わず「ずいぶん不便なことしてるなぁ」と口にしてしまいました。それで、何かいいものはないかと尋ねたんですが、先輩の答えは「ない」でした。

私の会社は商社ですのでいろんなものを探すのが得意です。だから、「何かいいものがないか探してやるよ」と言って色々と調べてみたんですけど、既存の製品に良いものが見つからない。
そして、車いすがこんなにも不便で危険なものなんだということに、その時に初めて知りました。
「不便で危ないのなら、安全で便利なものを作ろう」これがmovBotの出発点です。
多くの人が階段の上り下りに苦労しているようなので、まずは、階段を昇降するACEを作ることを考え、さまざまな方法を、特に安全を考えた仕様を検討した中で、私は現在の原型となるスタイルを考えつきました。
しかし、この仕様では曲がる為の大がかりな機械システムが必要だという課題がありました。そこで車輪を色々と探して、見つけました。
メカナムホイール!全方向に動くことが可能な車輪です。これを使用する車椅子のはない。特に、横移動ができる!
この車輪を使用すれば、安全に階段を上ることも、階段途中で、横移動もできる、そうして仕様書を作成し、2021年8月に実用新案登録申請をしました。
登録証書が来るまでの間、介護現場で介護をする方がベッドと車椅子の移乗に苦労をしてることから移乗に特化した介護用Nurseを考案し、パラリンピックを観ながら「あんなに元気で素晴らしい運動能力がありながら従来の車いすでは、横に動けない、目線が低いまま高い物も取れない」、これを解消するく製品としてOfficeを考案しました。
9月に登録証書が来たので、3つのモデルの仕様書をロボット製作ができるメーカーに渡し、製作依頼をしました。

━ そういう経緯だったんですね

中村 : 次に、9月に依頼し開発した製品を持って2022年2月の介護と看護EXPOを皮切りに、6回の展示会に出展しました。そこではさまざまなフィードバックをいただけました。
介護用のNurseについて「移乗はベッドよりトイレが大変」と聞き移乗装置と乗車のまま排泄ができる座面変更機構付きを開発し、また、「団塊の世代向けに建設されたエレベーターのない団地に住む高齢の方が階段の上り下りに苦労している」という話をうかがい「平らなところでは問題なく歩けるけど、階段があるところでは移動が困難になってしまう」。それなら、これを解決する製品をと、公営団地の階段を調査し、ACEの団地用「ACE Stair」の開発をしました。

ACE Stair : 階段問題への挑戦

━ ACE Stair は他のものとどのような違いがあるのでしょうか?

中村 : 現在、市場には階段を昇降することができるものが他に存在します。
しかし、車椅子の自律で階段昇降できる製品は、階段の「角面」を利用して上る方式を採用しているため、階段を降りる場合には、階段角度と走行速度の相関性で落下する危険があります。このため実際の製品化には至っていません。

私たちの製品はこの問題に対処するため、階段の「踏み面」を直接踏んで上る方式を採用しています。踏み面を利用することで、階段角度が45°程度でも安全に使用することができます。この点が、私たちの製品が市場において価値あるものである理由です。
私自身も77歳になり、今は元気で活動していますが、私の周りには元気を失っている人も多くいます。このような方々のため、エレベータが設置出来ない建物にACE Stair 使って各階移動をしてWell-beingな生活をしていただきたいと思っています。

━ 車いすで階段を上り下りできるようにするというのは、かなり大変だったのではないですか?

中村 : そこはかなり大変でした。下りるところでの問題をいろいろ出していったんです。開発初期の段階では、小さな階段を何度も上り下りして、みんなで、なぜ落ちるのか―その原因を突き止めることから始めました。これが一番大変だったかもしれません。この問題解決への努力が、国際特許の申請を受け付けて頂ける結果に繋がっています。
なぜ落ちるのかという問題が明らかになり、その解決策が見えた瞬間から、プロジェクトは大きく前進しました。

もう一つの側面として、この ACE Stair は「シェアリングモデル」を採用した自立稼働するロボットを目指しています。マンションで ACE Stair を共有し、カードリーダーをかざせば玄関まで迎えに来てくれて、下まで連れて下りてくれるというイメージです。その実現の為には階段の状況を正確に把握する必要があり、現在、カメラとレーザーを使用して階段の形状を確認しながら自動で上り下りできる技術を国際特許申請をし、製品開発しています。既存の仕組みでは高価かつ重量もあるので、より軽量で安価な代替技術の開発です。今のところ、2024年7月には完全なロボット化が実現できる予定でいます。
完全なロボット化と同時進行する開発が、シェアリングシステム開発です。

━ 階段を安全に上り下りできる車いすを、シェアリングモデルで社会に普及できるような製品にまで仕上げている最中だということですね。それはすごいです。
ACE Stair の設計や機能の決定に関して、方針やポリシーのようなものは何かあるのですか?

中村 : このプロジェクトにおけるアプローチは、私の視点からのものが多いです。私が仕様を決定し、その後、開発チームがそれを具現化する体制で進めています。このように言うと私の勝手わがままで進められているかのように聞こえてしまいそうですが、そうではありません。

一般的に技術者による開発は、開発そのものに対する考えが中心となってしまい、ともすると製品を使用した際の具体的な結果や影響まで考えが及ばなくなってしまうことがあります。一方、たまたま私は営業の人間ですので、利用者のニーズがどういうところにあるのかということを常に考えながら、その断片の中から仕様を決めていくということが自然なんです。あくまでも利用者のニーズに応えるために仕様を決め開発をしていくというアプローチです。

仕様や方針のいくつかは、展示会に出展して色々な方の意見をお聞きする中で「この方向にしよう」と決めたところがあります。いわゆるお客さんの声、ユーザーの声をとても重視しています。ACE Stair の開発において「どれだけユーザー目線になれるか」、本当にこれに尽きます。

━ 今の時代の開発では、かつてはハードウェアが担当していたところをソフトウェアが担当できるようになったりと、考え方も多種多様になってきていますが、そのあたりはいかがですか?

中村 : その点で言えば、私自身は「からくり」が大好きなんです。
からくりで物が動くということがとても好きなので、ソフトウェアを使わずにからくりだけで動けるようにしたいっていう思いがあります。ソフトウェアっていうのはあくまでも補正的なものだと思ってます。
どれだけハード面で目的が達成できるのか、そこから先のところで、どうしてもハードではできないところをソフトウェアを使って動かす。こういう考え方で開発をしています。これはもう、私がからくり好きだということが理由です(笑)。

見据える未来 : 移動の自由を実現する

━ ACE Stair の商品化は、社会への貢献も大きいのではないかと想像しますが、そのあたりはいかがでしょう?

階段を上り下りできなくなるということは、外出の機会が失われることに繋がります。特に先ほどお話ししたエレベーターのない団地においてはその影響が顕著です。外に出られなくなると、次第に歩くことも困難になり、最終的には寝たきりになるリスクが高まってしまいます。これは医療や介護費用の増加につながり、結果的には若い世代の税負担の増大という社会問題にも発展してしまいます。

ですから、介護保険を利用して生活している人が多い社会で、言い方は悪いですが「ピンピンコロリ」、つまり健康で活動的な生活を送り、最期までその状態を保つことができる理想的な状態が増えるといいなぁと思っています。ACE Stair がその一助となって、多くの人々のWell-beingな生活に貢献をしてくれることを願いながら、開発に取り組んでいます。

━ 車いすもどんどん進化していって、これまでの車いすという枠組みを超えて、移動できるロボットとして利用者の暮らしをサポートする形になっていくのだと思いますが、実現したい理想の姿のようなものはありますか?

中村 : movBot の開発において、私たちが重視しているのは「心と体の改善を目指す」という点です。
誰もが「人の手を借りずに自分で動きたい」と思っているはずです。一方で、特に障害を持つ方々は日常生活で介助が必要になる場面が多くあります。そうした必要性を減らし、ユニバーサルな生活ができる製品をどれだけ提供できるか、これが私たちの目標です。身体の改善は自然と心の改善にも繋がりますし、これは多くの方を幸せにする価値あることです。

このプロジェクトを通じて、「障がい者」という存在について改めて考える機会も多くありました。「障がい者はなぜ障がい者なのか」という問いに対して、「健常者が障がい者と認めるから」という視点があることに気づきました。障がい者は「障がいは個性」と思っている。
このような視点から、「ユニバーサルツーリズム」のような動きは、障がい者も健常者と同じように共に楽しめるようにするための重要なステップです。

movBot がこうした社会的取り組みとしてWell-beingの一助にもなればと考えています。

さらに、もう少し先のことをお話しすると、一般公道を走られるようにしたいとも考えています。ただどうしても製品が高価になってしまうため、個人個人が所有するというよりもシェアリングモデルを通じて場面ごとに必要な時だけ利用する形になるのかなぁと。日常の平らな場所での移動は既存の手段で対応可能ですが、特定の場所で階段が障害となって先へ進めないような状況の時に、シェアリングにより ACEを利用するというような、そのような形ができないかと考えています。

障がい者も健常者と同じように多くの人が制約なく移動できることは、ユニバーサルツーリズムにもつながってきます。このためには多様なステークホルダーとの協力が必要で、現在、鉄道会社や施設運営会社との話し合いを進めているところです。ACE Stair を社会全体で利用できるような仕組みか構築できれば、社会のアクセシビリティも向上し、すべての人にとって利用しやすい社会・環境が実現できるのではないかと思います。

━ 本日はありがとうございました
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